アメリカ西海岸、シアトルのお隣ベルビューにいます

2018/03/22

別れの季節に思うこと

3月である。日本は年度末。そして別れの季節。
別れの季節と同時に新しい出会いがあるよ!と鼓舞してみるものの、別れが辛すぎてかなり凹んでいる。

うちとほぼ同時期に渡米していらしたご家族が、この3月に本帰国となった。
息子とも本当によく遊んでくださって、ママも本当にいい方で、これ書いていてもう涙が止まらないんだけど(モニターが涙でにじんで見えない…)、つい先日、お別れランチをしてきた。
解散した後、
「いい方たちに恵まれて、私たち家族は幸せでした」
というLINEいただいてしまって、それ読んで号泣だった。もう、文字通り号泣。
ちょうど息子を学校にお迎えに行った車の中で読んで、助手席にバスタオルが置いてあったのでそれで涙を拭いた。バスタオルかよ!って思ってまたさらに泣いちゃったわ。

おそらくこんなに悲しい別れは彼女たち家族が最後かなーと思う。
だって本当に何もわからなかった時から一緒に積み上げてきたから。

狭いコミュニティでもちろん楽しいことばかりというわけにもいかなかったけれど、日本で息子の同級生家族がどこかに引っ越してしまう、と聞いてこんなに悲しくなることあるかなー、と思ったら、たぶんよっぽどじゃないとないんじゃないだろうか。それくらい、海外暮らしで濃い関係になったのだろう。

自分に置き換えてみると、私たち家族の場合、会社が倒産するとかだんなさんがクビになるとか死ぬとかいうのっぴきならない事情がなければ、自分たちの意思で「帰国する!」と宣言しない限り、日本への帰国はない。たぶん。
そういう日はどのタイミングで来るのかさっぱり見当もつかない。
自分たちにある程度の決定権があるという点で、駐在の方々よりは恵まれているのかもしれないけれど、変に決定権が委ねられちゃうと、帰るタイミングを逸してしまうんだよな。
私たちは、何があったら日本に帰るだろう?

もしグリーンカードが取れたら、もう会社が倒産しようが彼がクビになろうが強制帰国はなくなるので、それを前提で話をさせてもらうと、どこが決定のタイミングになるかというと、息子の大学進学である。

え?何年先?順調に行ってあと10年くらい?

息子にはぜひともアメリカで大学に行ってもらいたい、というのが唯一、夫婦で同意が取れている未来の話である(あとは二人とも何も考えていない)。日本にはいつでも帰れる。だって日本人だから。でも、アメリカで大学を出ておけば、アメリカの就職は有利になる。オプションはいっぱいあった方が絶対いい。
まあ…もちろん、本人の意志が優先されるわけだけど。でも、親としては全力で推したい。

大学まで行っちゃったら、息子は残して、もう日本に帰ってきてもいいかなって思っている。人生の晩年はやはり住み慣れた母国がいいんじゃないかな。物価も安いし。食べ物おいしいし、水回り最高だし。お金がちょっと心配だけど。アメリカの学費は本当に高いから。しかもパトロンが州外どころか国外からだったらなおさら?

とはいえ、今はすっかりアメリカ生活に慣れてしまったので、しかも高速道路の運転もいよいよできるようになってきたので(苦節3年…ううう…💧)、日本での生活がだんだん億劫になってきた。車ないの辛いとか、子供の習い事どうしようとか。帰ったら帰ったですぐに慣れてやっぱり日本はいいねー、となるとは思うんだけど。
だんなさんもアメリカの方が楽しそうだし(主にゴルフ)。

しばらくは送り出すだけの日々が続くんだろうな。

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