アメリカ西海岸、シアトルのお隣ベルビューにいます

2017/12/05

子供が被害者になることは想定できても加害者になることの想定はできるか

「マイクロ・アグレッション」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
私は渡米してから初めて知った。

明らかな差別や偏見ではないが、差別や偏見と受け取られてもおかしくないような微妙な発言のことを指す。
日本の芸人さんは、わりと容姿をネタにすることにあまり抵抗ないようだけれど(売れるために我慢しているだけかもしれないけど)、これもおそらく「マイクロ・アグレッション」に当たるだろう。
具体的にはたとえばアジア人に対して

「アジア人なのに背が高いのね」
「アジア人はみんな算数が得意だと思っていたけれど(あなたはそんなでもないね)」

と言った発言は、「マイクロ・アグレッション」となる可能性がある。
日系二世などが「出身はどこ?」と聞かれて「ワシントン州だよ」と返すと
"No, where are you really from?"
とさらに聞かれたりすることがあるらしいのだが、これもその一例である。
揚げ足取りのように思われるかもしれないけれど、こういう小さな積み重ねが意外と心に傷となっていくのである。


ちょっと違うけれど、日本に帰った時に「息子くんは英語ペラペラでしょ?」と何度となく言われるのが地味に辛かったので、何となく気持ちはわかる。

他にもたとえば「結婚は?」「お子さんはまだ?」「彼氏は?」なども、これに当たることがある。LGBTの人に尋ねれば、そのたびに「私はLGBTなので」と言わせることになるかもしれない。あるいは、病気で子宮を全摘してしまったかもしれないし、婚約者を事故で亡くしてしまったのかもしれない。

この話もすごくわかるというか。

いじめをなくそう、と人は簡単にいうでしょう?
いじめをなくそうとするとき、人はどうするかというと、加害者を追及して除外しようとする。まあ、そうだよね。
それで、たいていの人は自分や自分の家族が被害者になることを想像する。
それもわかる。

でも、本当にいじめをなくそうとするなら、「自分や自分の家族が加害者にならない」ということが重要で、世の中の人が全員そう思ってくれればいじめはやがてなくなる。
自分が被害に遭わないためにどうしたらいいか考えるより、自分が加害者にならないように考える方がずっと簡単である。いじめなければいいのだから。

ただ、この「加害者にならない」というのもなかなか曲者で、冒頭に書いた通り「マイクロ・アグレッション」のような無知からくる心無い発言で傷つけることだってある。
いじめないためにできることは、その積極的な意味で「いじめない」ことも大事だけれど、いじめないための「知識・教養を身に付ける」ということもとても大事なんじゃないかと思った。

小学校中学年と友達関係の最後に書いたけれど、日本だととくに「自分と違う人間」には敏感で、日本語が第二言語の生徒が被害にあっていたこともあり、かなり考えさせられた。
せめて、自分の子供は加害者にならないように育てたい。

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