アメリカ西海岸、シアトルのお隣ベルビューにいます

2019/11/16

英語が話せなかった頃の悲しい思い出

つい最近、現地校の Reading buddy という制度の話題が出て、思い出したことがある。

Reading buddy というプログラム

現地校ではどこの学校でも(たぶん) Reading buddy というプログラムがあるはずである。
一般的には、上の学年と下の学年でペアになって、一緒に読書をする制度である。
息子の学校では、たとえば2年生のA先生のクラスと5年生のB先生のクラスがペアになり、毎週または隔週などでどちらかのクラスに集まって、ペア同士で読書をしたりするのである。ペアは先生が決めることが多い。
調べたところ、この制度の利点は
  • お互いに読み合うので、下の学年の子は、流暢さを向上させることができる。
  • 上級生で学年レベルのリーディング力がない生徒でも、下の学年に合わせたレベルの本を読むことで、自信をつけることができる。
といったところらしい。

英語のできない子供たちにとっての Reading buddy

息子が3年生の時、Reading buddy の時間が辛い、と話してくれたことがあった。
理由を聞くと、ペアになっている下の学年の子が
「こいつとペアは嫌だ、(前にペアだった)xxに戻してくれ」
と先生に大声で頼んでいたのだそうである。
理由は息子があまり英語ができないからで、その子が流ちょうに本を読めたのかどうかはよくわからないけれど、英語もしゃべれないような上級生とペアになるのは心外だったのだろう。上級生がいろいろリードしないといけないわけだし。

ただ、このことで、息子はかなり傷ついた。想像に難くない。
Reading buddy のある日は、朝から本当にゆううつそうで、かわいそうだった。しかも、そう訴えた子に対して先生が「ペアは変えられない」と突っぱねたそうで、余計辛かったようである。
本来、うまく機能していれば、息子のような上級生でも自分の英語力に自信を持てるようになる制度のはずである。が、実際にはそんなにうまくいくものではない。

ペアになるクラス同士に日本人がいる場合、先生が配慮してペアにしてくれることもあるようである。どちらかの英語力が高ければ、効果はあると思う。日本語で内容を補ってくれることもありうる。ただ、みんながそんなに親切だとも限らないし、気が合うとも限らない。さらに言えば、どちらも英語力が学年レベルにも達していなければ、ただ日本語でおしゃべりするだけで終わってしまって、このプログラムの意味がなくなってしまう。

英語力云々の前に、相手が気に入らない、と訴える生徒は少なくないようである。
子供の世界は大人と違って、あまり建前とか忖度とかいったことがないので、意外と残酷である。ひどいことも平気で言うし、かといって、大人のように相手を選んで近寄らないようにするとか会わないようにすることも難しい。

悲しい思い出を誰かのために尽くす方向で昇華できたら

今の息子のバディは、ネコが好きないい子らしく、仲良くやっているようである(息子も私の教育の成果でネコが好きである)。
でも、今でも「buddy 変えてほしい」と言った子のことはよく覚えているし、その時のこともあまり話したがらない。話すとだいたい目に涙がたまってくる。まだまだ過去のものとして自分の中で消化できていないんだと思う。

私の希望は、息子が将来、そういった子供たちの支援等に興味を持ってくれたらいいなと思っている。そんな大したことはしなくていい。日本人向けの英語のチューターとかやりつつ、親にも話せないような気持ちを聞いてあげたりするような、ちょっとしたメンターもどきな。そういう時の共感ってすごく大事だと思うから。
まあでも、息子は勉強がものすごく嫌いだし、全然空気読めないし、人の気持ちに寄り添う感じでもないので、難しいかな…

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