アメリカ西海岸、シアトルのお隣ベルビューにいます

2020/06/15

Black Lives Matter から思うこと

警察がひざを折っている映像をたくさん見た。

敬意

こういうの↓

オットに「ひざを折る意味は何?」と聞いてみたところ、「野球でデッドボールすると、守っている方が全員ヒザつくでしょ。あれ」
なるほど…ってわからん。

いろいろニュースを漁ってわかったことは、「敬意」を表しているらしい、ということである。
これは謝罪ではないし、抗議行動への同調でもなく、「敬意」である。抗議行動をしているデモの前でひざを折る。その人たちへの敬意。そして、その場にはいないけれど、全国に広がるデモへの敬意。
こんなに素晴らしい仕草があるんだなぁ、と思った。謝罪するわけではなく、同調するわけでもなく、同じ人間として敬意を示す。尊い。

黒人と差別とデモ

この記事がわかりやすかった。事件の背景と、デモまでの経緯。
日本では、ここまで悪意に満ちた差別というのはあまり見かけたことがないし、全体的に日本人にはこの構造はわかりづらいだろうっていう論調なんだけど、この記事を読んでいたら、ちょっと思い当たることもあった。
(すごく考えさせられる記事です。)

デモもいまだに各地で続いている。報道自体が沈静化してきた感じはあるけれど、"Black Lives Matter" の流れは、このまま続いていきそうである。
デモで人々の心に植え付けていくことは大事なことだ。

今回、いろいろ本当に考えさせられることが多かった。
6月末までだけど、新作映画の『Just Mercy』(邦題: 黒い司法 -0%からの奇跡-)を無料で公開しているそうである。

こういう人種問題をテーマにした映画というのは今までにもたくさんあって、映画だけじゃなくてドラマやドキュメンタリーなんかもたくさんあったわけだけど、こういうたくさんの活動がありながら、人種差別の問題はさっぱりなくならないし、いまだに悲惨な事件はたくさんある。フロイド氏は亡くなってしまったから公になったわけだけれど、死なずに済んだけれどひどい事件というのもたくさんあるはずである。

アプローチは違うけれど、松本清張のド名作「砂の器」だって、ハンセン氏病患者が物語の背景になっていると言われていて、日本にだって殺人事件になりうる差別も存在しうる。「黒人」に対する差別はよくわからなくても、「差別」そのものに関しては、私たちにだってわかる問題である。

なぜ差別はなくならないのだろう

これだけ多くの人が「差別はよくない!」と高らかに宣言しているにもかかわらず、そして誰もが「そうだ、よくない!」と思っているにもかかわらず、いつまでたってもこの問題がくすぶっているのは、おそらくそういう感情や信条以上の何か別の問題があるはずで、警察に無茶ぶりしたりシュプレヒコールを続けても、おそらくなくならない。黒人に暴力をふるう警官を一人ずつつるし上げて懲罰を与えていったとしても、なくならない。おそらくは、そこに根本的な原因はないからだ。
このツイートが引用している元ツイート(動画付き)を見たことのある人も多いと思う。
おじさん1が「お前らも黒人ならデモに参加しろ」って強要していて、おじさん2が「このやり方は間違っているから参加しない」と言い、少年を連れてきて「お前はまだ若い。もっといいやり方でやってくれ」と懇願し、16歳の少年はうんうん、と力強くうなずく。

このツイートで畠山先生が言っているのは、社会的な構造が変わらない限り、彼らの文化も生活も変わらず、その変わらないところから、新しい方法を考え出すのは難しいだろう、ということである。可能性が全くないわけではないけれど、この16歳の少年ですら、手遅れだと思われる。

無意識の分断

実際、今回の新型コロナにしてもそうだけれど、人口比と比較して、黒人の感染者の割合が高いのは、ひとつの理由として貧困がある。清潔な生活は、貧困からは生まれない。貧困と病気・犯罪は強い相関がある。さらに、高等教育と貧困の間には逆の相関がある。富裕層ほど高等教育を受けている人の割合が高い。すべてはつながっていて、負のスパイラルである。

うまく言えないんだけど、現状、貧困層の住む場所と富裕層の住む場所が分かれており、そして貧困層には黒人や非白人の割合が高く、同じ場所で生活できていない以上、この人種差別を根本から変えていくことは難しいだろう、と思う。

隣の黒人が無二の親友だったら、そうじゃなくても一緒にバーベキューするような仲だったり、子供同士が仲良かったりすれば、黒人に対する憎悪はなくなりそうなものじゃないですか?
結局、そういう単純な話なんだと思うけど、現状、富裕層は貧困層の子供と同じ学校で同じ教育を受けることは、残念ながらほとんどない。それは別に差別意識から来るものではなく、子供にいい教育を受けさせるために住むとすれば高級住宅街を選択するし、そこには当たり前だけど貧困層の子供は存在しない。

初めて白人の学校に足を踏み入れた黒人の女の子

現地校でも、6月に入ってから人権問題についての課題が出ていた。
この国に奴隷船がたどり着いて以来、何世紀にもわたって彼らが人権問題と戦ってきたこと、そして少しずつ権利を勝ち取ってきたことを学んだ。権利は勝ち取るものだったのだ。
そして、その歴史的瞬間には、必ずアイコンとなるパイオニアが存在した。
びっくりしたことに、このルビーさんはいまだご存命で、さらにまだ65歳である。たった数十年前の話だ。
6歳の少女に負わせるには、重すぎる問題だ。

最後に

ジョージ・フロイド氏をはじめ、意味もなく暴力的に命を奪われたすべての方々の魂が救われますように。
Black Lives Matter と叫ばなくてもよい世の中が来ますように。

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